アスペルガー革命:遙かなる旅路〜発達障害に悩むすべての人へ〜

発達障害やうつとつきあい始めてはや20年、寛解と社会復帰を目指す50代おっさんフリーライターのブログです。

【コラム】雨の日と月曜日は

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外に出ず、家で静かに読書をしていたい…と、思っている方もおられることだろう。そう、都会のビル群が秋雨に煙る、ちょっとさびしい一日には。

 

雨の日のお供といえば、やはり傘ということになる。1本1万円というような高級紳士傘ではなく、コンビニで売っている安いビニール傘だ。

そこでつらつらと自分の記憶をたどってみたが、ここ数年は傘をまともに購入したことがない。僕の感覚からすれば、ビニール傘は「買うもの」ではない。雨の日に外を一日歩き回っていれば、いつの間にか人の忘れたビニール傘の1本や2本、すぐに調達できてしまうのである。

「人様のものを黙って失敬するなんて、セコいやつだ」とお思いだろうか。しかし、最近の人は、ちょっと穴があいたり骨が具合悪くなった傘はいとも簡単に打ち捨ててしまうらしい。道のガードレールや駅のトイレに置いたままの傘というのは、たいていそうして主人に置き去りにされた哀れな傘なのである。そうした傘を拾って「社会へ還元」しているのだから、褒められこそすれとがめられることはないのではないか。

雨に降られた時などは、そうして調達した傘で一時をしのぎ、そしてお天道様が再び微笑んだら、コンビニの傘立てや電車の駅にそっと置いて帰る。それがめぐりめぐってまた人の役に立つ。たった150円のビニール傘がこれだけ多くの人の役に立てば傘自身も冥利につきることだろう。

鉄道会社は年に1回か忘れ物をセールに出すようにしているようだが、一番多いのは傘らしい。しかも、そうした忘れ物の傘はたいてい引き取りに来ないそうだ。ビニール傘はもちろんのこと、どこでも手に入るようになった傘に、思い入れを持つ人も少ないのだろう。

僕らがぬれねずみにならずにすむありがたい「傘」という道具は、僕が拾わなくとも社会をぐるぐる回っているものなのだ。普段は意識していないがないと困るもの。それはいってみれば社会の「血液」のようなものなのかもしれない。

 


Rainy days and Mondays lyrics