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アスペルガー:遙かなる旅路~障害に悩むすべての人へ~

ココロの病気・カラダの病気とともに生きる、50代おっさんフリーライターのブログです。

【家庭教師日記】2月を振り返って

2月は家庭教師の仕事を2つ掛け持ちしていたので、結構たいへんでした。

この2月を振り返って、自分にとっての新たな学びについて書いてみます。

● 「テストを切り抜けるため」だけに教えるということ

家庭教師を引き受けた高校生は「定期テストで欠点を避ける」という目標を持っていたのですが、これが僕にとっては「これまでの自分の考えが180度ひっくり返る」ほどの衝撃でした。

僕は最初、その生徒に「中学英語の総復習」をやらせようとしたのですが、その彼からダメ出しを食らってしまいました。

「中学英語は難しすぎるし、テスト対策にはならない」

「英語の苦手な生徒に英語を好きになってもらう」ことを理想として、僕はこれまでやってきました。その「理想」というか「よりどころ」みたいなものを、全否定された形で「僕には英語を教えることはできない」とさえ思うようになりました。

● 学校における英語教育の現状

今の学校では、英語は言語コミュニケーションの道具としてではなく、単なる「英語クイズを解くこと」になり下がっています。

英語を学び始めたばかりの中学生に、辞書の使い方や発音のしかた、語源などをまったく教えずしてどうして将来英語を使いこなすことができるでしょうか。

英語は受験の道具ではありませんし、学校は本来「勉強嫌い」を量産するための機関では決してないはずなのです。にもかかわらず、まっとうな語学教育がまったくなされていないことに、衝撃と落胆を覚えました。

● 「人に教える」ことの意味

教師免許も持っていないにもかかわらず、好きだというだけでこれまでずっと英語を教え続けてきたのですが、ここでやはり人に教えることに限界を感じるようになりました。

基本的な英語の知識もさることながら「指導者」としての自分の素養や教養のなさをつくづく実感しました。

これからはいったん教師としての立場を捨て、再び自ら英語を学び発信し続ける「現場プレーヤー」としての自分に立ち返りたいと思っています。

★★★

世の中はこぞって「英語ブーム」のような様相を呈していますが、日本人全体の英語運用能力の底上げはいっこうになされてないように思います。

日本の英語教育の最大の課題は「優れた指導者が絶対的に不足していること」にあると考えております。

いつまでも「駅前留学」で金髪ネイティブ先生に英会話を習うことにあこがれているようでは、これからもずっと日本は世界から取り残されたまま高齢化とともに衰退していくことになることでしょう。